2009年9月23日 (水)

川端文部科学大臣が直ちにやらなければならないこと

川端文部科学大臣が直ちにやらなければならないこと。
新たな内閣が発足した。文部科学大臣は川端達夫氏である。今後、文部官僚も含めた様々な勢力から対立する要求や要望が寄せられるはずである。我々が考える高等教育に関わる真の方向転換を実現するには、こちらも強力な情報発信をしていく必要がある。それは時間のかかる議論や調整のプロセスとなるはずで、今日明日に結論がでることではない。
しかし、新文部科学大臣がただちにできることがある。高知大学学長の任命取り消し?いやいや、そもそも裁判の相手は文部科学大臣ではなく法務大臣千葉景子氏である。この問題については両大臣には今のところ官僚の言い分を聞かず、じっくり資料を読んでおいていただくようお願いするにとどめよう。
直ちにできることとは、現在いくつかの国立大学で行われようとしている臨時職員にたいする「雇い止め」をやめさせることである。臨時職員の首を簡単に切るというやり方はあきらかに民主党の雇用政策に反するはずである。国の税金によって支えられた国立大学が「雇い止め」を行うことを国として黙視することはできないはずである。
 大学自治に反するって?いや大学に干渉する必要など全くない。文部科学大臣が記者会見の中で国立大学における「雇い止め」は政府の雇用政策からみて望ましくないという程度の「独り言」をいってくれればいい。おそらくすべての国立大学があわてて「雇い止め」をやめるだろう。現時点での大学の自治などその程度のものである。
 文部科学大臣殿ぜひ「独り言」を!

2009年8月28日 (金)

ぽち輔の野望

さて、ここで、学系長選考方法にかけるぽち輔君の野望を確認しておこう。

1 自分のお気に入りを学系長にする

2 まず「一番えらい」学系長を決め、学部長は「残り」から選ぶ

3 兼務を許さない形にして、できるだけたくさんの人間が自分の「お情け」にすがるようにする。

一方、8月27日の教育研究部会議では、学長の信任篤い(笑)桜井君から以下の提案があったが、決着がつかず継続審議となった模様。

1) 各新部門から1~2名の学系長候補者を出し、学長がその中から選ぶ

2) 9月に学系長11月学部長、部門長の順に選出する。

3) 学系長、学部長、部門長は兼任しない

1)は、リコールを恐れて?譲歩してきたところ。1名推薦が可能となることで、好き勝手な人選は100%ではないものの不可能になった。

2)は継続審議なので、まず学系長選考を行うということは物理的に不可能になった(10月には学部長選考に入るため)

3)は絶対譲るな!と腰ぎんちゃく連中にはっぱをかけたことである。よほど管理職手当てのばら撒きが好きと見える。管理職手当ての割合、査定の問題点については、監事監査にまかせるとしよう。

当ブログファンS氏:えっ、それじゃリコールはじめないんですか?

そうあわてなさんな、ぽち輔君が「心身の故障で任に堪えない」ということが、誰の目にも明らかになりつつある。そうですね?I理事?あなたのご専門ですよね?

●8月30日に総選挙と同時に行われる最高裁判事の国民審査では竹内行夫に×をつけよう

*この問題に関しては天木直人氏のブログhttp://www.amakiblog.com/

2009年8月26日 (水)

独裁学長を辞めさせよう

さて、明日8月27日 教育研究部会議が開催されることは昨日お伝えしたとおり。

7月末時点での学系長選考案(桜井理事から提示されたもの)は以下の通りであった。

1) 各新部門から複数の学系長候補者を出し、学長がその中から選ぶ

2) つづいて学部長、部門長を選出する。

3) 学系長、学部長、部門長は兼任しない

4) これらの「長」の任期を統一し、来年4月1日からとする

問題点をまとめよう。

1)推薦された学系長候補が多すぎ学長の恣意(単純な好き嫌い)に左右される

2)兼任禁止で指揮命令系統が複数化する

3)まだ、任期途中の学部長に辞任を強いるものである(他方、無原則な任期延長も想定している)

これらの問題に対して執行部はどのように答えるのか、あるいは一定の譲歩をしてくるのか。中央突破を図ってくるのであれば、我々はその挑戦を受けて立ち、「学長罷免」も射程に入れた執行部との全面対決を開始しなければならない。学外情勢も含め、この8月末~9月が正念場である。全力で戦おう。

●8月30日に総選挙と同時に行われる最高裁判事の国民審査では竹内行夫に×をつけよう

*この問題に関しては天木直人氏のブログhttp://www.amakiblog.com/ 参照

2009年8月25日 (火)

独裁学長を打倒しよう

国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局が総選挙を前にして「≪声明新自由主義的改革の中軸たる国立大学法人法体制の抜本的改革を求める」を明らかにしている(2009817日)http://www.shutoken-net.jp/2009/08/090818_1jimukyoku.html

 この声明では法人化後の学長選考について「学内の意向投票を無視した学長の人選が(一部は犯罪の疑いを伴って)強行された」とある。ここでいう「犯罪の疑いを伴った」大学とは他ならぬ高知大学のことである。学長が普段口にするとおり、我々の大学はオンリーワンの大学になりつつあるようだ。

さて、そして学内情勢である。

8月28日(木)には「教育研究部会議」が招集されているそこで執行部は例の学長独裁案=学系長選考案を出すつもりのようである。我々も腹をくくってこの事態に対峙しなければならない。いよいよ、学長リコールに向けての全面対決の火蓋が切って落とされるときが来たようである。

 学長専制を目指す学系長選考案を断固粉砕しよう!

 独裁者相良祐輔を断固罷免しよう!

●8月30日に総選挙と同時に行われる最高裁判事の国民審査では竹内行夫に×をつけよう

*この問題に関しては天木直人氏のブログhttp://www.amakiblog.com/

参照

2009年8月24日 (月)

学長リコールに向けて

学長リコールについての手続きを確認しよう

「国立大学法人高知大学学長選考等規則」には「解任の審査手続き」が以下のように定められている。

第15条 学長選考会議は次のいずれかに該当する場合には学長の解任審査を行う

(1)       委員の4人以上の連署による解任請求があったとき。

(2)       経営協議会から解任請求があったとき。

(3)       教育研究評議会から解任請求があったとき

(4)       第8条第1項第2号に規定する投票資格者の200人以上の連署による解任請求があったとき

我々が目指すのは、この(4)である。ここでいう「第8条第1項第2号」とは、学長選考の「意向投票」における有権者である。そして、このような請求を受けて学長専攻会議が招集される。それについては以下のように規定されている。

第16条 3 学長選考会議は、委員の3分の2以上の出席があった場合に解任の審査を行うこととし、出席した委員の3分の2以上の同意があった場合に解任を決議できるものとする。

この決議がなされた場合、それは学長に「勧告」され、文部科学大臣に「申出」が行われ、学内外に「公表」されるという流れになる。

学長選考会議での3分の2というハードルは決して低くない。だが、そこに賭ける価値は十分にある。

●8月30日に総選挙と同時に行われる最高裁判事の国民審査では竹内行夫に×をつけよう

*この問題に関しては天木直人氏のブログhttp://www.amakiblog.com/

2009年8月22日 (土)

3題話(高知大学長選、国立大学法人化、政権交代)

8月22日

       連続ドラマが最終回を目前にすると、様々な人間関係が解きほぐされ、いろいろな問題が同時に解決に向かう。我々はそのような時、『ご都合主義』と思うのだが、実際に人生においてはそのような場面がしばしばあるものである。

        我が高知大学学長選考をめぐる問題も同時に進行している3つの闘いがほぼ同時に重大な局面を迎えつつある。

3つの闘いとは、

1 裁判闘争

2 国立大学法人という制度の枠組みの改革を目指す闘い

3 学内での相良執行部との闘い

1の裁判闘争はすでに報告したように、原告適格をめぐる攻防が今繰りひろげられているが、この問題と平行して「本件」に関わる議論に入りつつある。この問題についての実質的な審議に入れば、学長選考の問題点(それに関わる文部科学省の無責任な対応)が満天下にあきらかになるはずである。

2 の問題の展望は、やはり8月30日に起こる出来事によって大きく開かれるはずである。これまでは、「野党」への働きかけしかできなかったが、今後は政府への直接的要求が可能となるはずである。楽観や「新政権」への過大評価は禁物である。我々は「新政権」が何かをしてくれることを待っているのではなく、広範な運動によって我々の主張を政策に反映させていく必要がある。だが、そのための前提条件が8月30日に起こることによって形成されることも事実なのだ。

3 学内の情勢も佳境を迎えつつある。すでに『裁判を支える会』のニュースレターの引用の形ですでに紹介したように、相良執行部は、非民主的な学系長選考案をごり押しすることによって、危機に瀕した独裁体制の延命を図ろうとしている。この攻防の山が8月末から9月に訪れようとしている。この問題に関しては「首都圏ネット」をはじめとする多くのサイトがニュースレターの紹介という形で伝えてくれているので、われわれの予想以上の反響がある。

我々は、ほぼ同時に佳境を迎えた3つの闘いを一体的に展開する必要があ

る。

特に学内では独裁学長相良祐輔に対して不信任をつきつけることを目指し

今後の運動を不退転の決意で進めなければならない。

2009年8月21日 (金)

星火燎原

光栄にも、本ブログが植草一秀氏のブログのリンク先に入ったようだ。しばらく更新していなかったが、同氏のページからの訪問者のために、若干このブログの趣旨について説明しておきたい。

 このブログが主要に取り上げているのは、一昨年の秋に某地方国立大学で起こった、学長選考にまつわる不可解な出来事とその後の経緯(民事、行政の二つの裁判、学内の動き)である。これについては以下のページに詳しいのでご参照いただきたい。

http://homepage3.nifty.com/osanpo_pochi/

 出来事そのものは大学という特殊な世界で起こったことであり、当該学長の特異な(異常な?)キャラクターという要素も無視できない。しかし、この特殊な出来事のなかに小泉政権下で行われた国立大学の法人化という「悪政」の本質が現れていると我々は考える。

 そして、この国立大学の法人化とはまさに郵政民営化と同様、小泉政権による新自由主義・市場原理主義路線の結果もたらされたものである。その点で、このブログの趣旨は植草氏のブログを中心とするネットワークに連なる様々な人々の「思い」につながる。立場も考え方も異なる多くの人々が「8月30日」にかけているのは、小泉改革なるものが社会のあらゆる側面で、人々のつながりを断ち切り、善なるものを踏みにじり、悪をはびこらせてきたことの結果に他ならない。

 そして、8月30日でことが終わるのではなく、戦いは続く。粘り強く戦い続けることが8月30日に起こることを真の意味で「無血市民革命」にするのであるということも多くの人々と同じである。

 我々の戦いは小さな戦いであるが、コップの中の嵐ではない。白川勝彦氏ではないが、これが「燎原の火」となることを我々は知っている(しかし、元自民党代議士である人物がこんな「やばい」言葉を使うというのも、今がまさに「革命的」状況であることの表れなのかもしれない。)

2009年7月31日 (金)

哀れな人々

さて、我が裸の王様についていささか同情を禁じ得ないのは、身から出たさびとはいえ、周囲の人間が彼を利用することしか考えていないことである。

一方には、自分たちの利益を実現するために、危機感をたきつけるグループがいる(「ああしなければつぶされます」「こうしなければ統合されます」派)。

世のなかには、自分がついたホラやデマを信じ込んでしまうという類のほら吹きがいるものだが、この種の人々は無邪気なほど他者のホラやデマも信じやすいという傾向がある。見るところ我が「エルダープレジデント」氏もその類の人物のようだ。かくして、同氏は「経産省がああいってる」「マルブンの誰それがこういった」といった類の与太話を子どものように信じ込んでしまうことになる。人間は利害で動くという、彼の人生をこれまで支えてきた原則を適用すれば、ミスター経産省氏が自分の利益の実現のためにそう言っているだけだという程度のことはわかりそうなものだが、それがわからないところが裸の王様の裸たる所以なのだろう。

さて、他方には自己保身しか考えていない、「イエスマン」グループがいる。彼らにとっては現在の自分たちの地位を守ることが最も重要である。なんであれ動くことは危険を伴うから、できれば何もしたくないのである。

かくして、「危機感グループ」にたき付けられた「エルダープレジデント」氏は、「イエスマングループ」を叱咤激励して無謀な改革を行おうとする。自分の任期を考えれば、あとはひたすら「死んだふり」をするのが最も賢明な延命策なのだが、やはり一定の年齢を過ぎると自己保存の本能も鈍ると見え、本来自分が最も頼りにしければならない「イエスマン」グループに無理難題をふっかけると言うことになる。

さて、一番哀れなのは誰だろう。自分が利用されているのも気づかないお年寄りか?ワンマン社長に振り回されるイエスマンか?志など何もない金だけの人間と事務官からも見透かされている人物か?こんな連中に動かされている大学に所属している私たちか?

2009年7月30日 (木)

学長リコール視野に反対運動を

学長リコール視野に反対運動を

裁判を支える会発行の『ニュースレター15号』によれば、相良学長は以下のようなとんでもない企みをめぐらせているようだ

以下 ニュースレターから引用

去る7月16日の教育研究部会議の席上、桜井教育研究部長(総務担当理事)から次のような驚くべき「予告」(改組実施検討本部での決定のようです)がありました。

1) 9月中に学系長の選考を行う

2) 各新部門から2名の学系長候補者を出し、学長がその中から選ぶ

3) つづいて学部長、部門長を選出する。学部長は11月末までに選出する

4) 学系長、学部長、部門長は兼任しない

5) これらの「長」の任期を統一し、来年4月1日からとする

この提案には以下のような重大な問題があります。

まず、第一に各学系長は4名から10名(医療学系)の候補者から学長が任命するということになるということです。現在の制度も形式上は学長による任命となっていますが、事前の申し合わせで、学部長が選ばれています。今回は、そこを根本的に変え、学長が複数候補の中から自由に選べるようにするというやり方なのです。さらに、22年度からの学系長は研究費の配分,教員の採用・昇任人事,教員評価の面で実質的に学部長よりもはるかに大きな権限をもつだろうと考えられることから、学系長に副学長を兼務させることが示唆されています。学長が自分のお気に入りを選んで学系長に据えた上で、執行部に取り込むという作為が透けて見えます。まさに、「学長専制」以外の何物でもありません。

また、学部長・部門長などの兼務を禁じるということになっているのも問題です。

学部長と部門長、学系長を必ず別の人間が務めなければならないとした場合、実質上一つの組織に二人以上の「長」がいるのと同様になります。例えば教員のセクハラ案件があったとして、学生に対するものなら教育組織の長である「学部長」の責任となりますが、もし同僚に対するものなら教員組織の長である「学系長」あるいは「部門長」の責任ということになります。そして全国の学部長会議に高知大学から出席するのは教員に対する管理権が半分しかない(あるいは、管理責任を半分免除された)「半人前学部長」ということになるでしょう。このような体制で、人事・予算の執行はどのように行われるのか。これらの重大な問題に対して執行部は責任ある回答が全くできません。

また、兼務を禁ずることで管理職手当をもらう人間の数が増え、財政上の負担となるのではないかとの質問に対し、桜井理事は「学科長の管理職手当をどうするかなどを検討しているので必ずしも増えるとは限らない」と回答したそうです。すなわち、学科長など現場で学生教育の陣頭指揮にあたっている人間の給料を削って、学長の「お気に入り」に、お手盛りの「ご褒美」を配分するというのがこの案の中身ということです。

学系とは「教員評価」を行う組織であると執行部は再三強調してきました。その「長」を学長が勝手に選ぶという仕組みがもし認められたら、教員一人ひとりの身

分や待遇は、ピアレビュー云々以前に、学長の意を受けた一握りの「学系長」の

価値観や評価によって好きなように決められてしまうでしょう。この間、勤勉手

当の査定等において、学長がどれほど好き勝手をやってきたかを見ればそれは明

らかです。

さらに問題なのは、全ての学部長の任期を来年4月1日からに統一するということです。現在の理学部長の任期は再来年の4月までです。また教育学部長の任期は来年の2月末までです。たしかにこれまでも、任期途中で諸事情からお辞めになる学部長はいました。しかし、「任期をそろえると便利だから、任期途中の学部長は辞めろ、足りないなら一ヶ月延長しろ」というようなことを言った学長はいままでに一人もいません。もしそうなれば、その暴挙により、学部自治・大学自治が破壊され,ひいては憲法が保障する学問の自由や言論の自由さえもが侵害されてしまうことに繋がりかねません。

  執行部側は、8月末あるいは9月初めにも、この「案」を正式決定したいよう

です。実施のためには、様々な規則の改正が必要ですが、このような規則改正のた

めの議論も手続きも行わないまま、ともかく学系長の選出を強行しようとしている

のです。これを許すのかどうかは裁判の帰趨とならんで、高知大学が「大学」の名

に値する存在たりうるかどうかの試金石です。

 

以上 引用おわり

8月末から9月といえば、もうすぐである。各学部で教授会などが開催されない8

月をねらって、この攻撃を仕掛けようとしていることは明白だ。そちらがそう来

るなら、我々は粛々と「学長リコール」の準備を進めよう。法人化推進の立場に

立つ「規制改革会議」のメンバーに取ってすら、高知大の学長選考を巡る事態は

異常きわまりないものとうつっているのだ。「学長専制」を欲しているのはこの

世にただ一人である。仮にリコールが学長選考会議でブロックされたにしても、

それはむしろ、学長の「お友達会議」がなんの正当性もないことを満天下に示す

のみである。

 さあ、いよいよ学長リコールという「伝家の宝刀」を渾身の力をこめて抜くと

きが来た。

2009年7月23日 (木)

八木文雄氏へのロンググッドバイ

八木文雄氏へのロンググッドバイ

いささか遅きに失した感があるが、去る6月7日八木文雄医学部教授が亡くなった。敵に回しては、恐ろしく手強い論客であり、味方としては極めて信頼の置ける人物だった。

我々とは、立場や考え方を異にする点もあったが、不正を憎み権力におもねらない勇気ある人物だった。

同氏の死にまつわる諸事情についてはあえてこの場では、詳にしない。いずれにせよ、我々が今行っていることを更に徹底的に推し進めることが八木氏の遺志に応える道であると私たちは考える。

ここに、謹んで哀悼の意を表したい。

2009年6月 2日 (火)

「自治」か「私物化」か

「自治」か「私物化」か

最近話題の日本郵政の社長人事について、植草一秀氏がブログの中で竹中平蔵氏の主張を批判している。(2009年5月22日 (金 )鳩山邦夫総務相の真価が問われる日本郵政人事

すなわち、竹中氏は「西川氏(現日本郵政社長)に、経営のすべて、民営化のすべてが委ねられ」ており、「民営化とは、民間の判断に任せることであり、経営判断の問題に政治が口出しすること・・・は、根本的に誤っている。」 と主張するが、これは「日本政府が100%株式を保有する、完全な国有会社」を「日本政府ではなく、日本郵政自身に完全に委ねようとする」点で「私物化」の論理であると植草氏は痛烈に批判する。

 この議論における竹中氏の主張をながめていて、既視感に襲われるのは私だけではないだろう。

我々の「学長任命処分取消請求事件」における、被告(国)側の主張が、これとそっくりではないか!!!

 曰く「文部科学大臣が、何らの根拠もなく学長選考手続きにおいて投票用紙のすり替えがあったかもしれないと憶測したり、高知大学学長選考会議において第一結果と第二結果の両方を総合的に判断して決めるとする等の選考方針が決定されたことは不当であるといった理由で、申し出に係わる学長候補者の任命を拒否するようなことがあれば、それこそ大学の自治に対する不当な国家権力の介入として、大学の自治の本質を侵害することにもなりかねない」(国側主張)。

 一方は、国の介入は「民営化」の趣旨に反するという主張、他方は国(文部大臣)の介入は「大学の自治」に反するという主張。この二つの論理は奇妙なほどに通っている。そして、私たちが、行政訴訟における国側主張に「大学の自治」ということばが出てきたのを見たときに感じる違和感の正体もここにある。

簡単に言えば、国家権力の介入をできるかぎり排除することは、確かに「自治」が成り立つための主要な要件の一つだが、それがイコール自治というわけではないということである。すなわち、現状の高知大学において、文部科学大臣による任命権という最低限度の(そして最後の)チェック機能が働かなかった場合、そこにもたらされるのは「自治」ではなく、「私物化」に他ならないことが、日本郵政において起こっていることを参照してみると実に明確に理解できるのである。

日本郵政と大学という二つの異なった組織で起こっていることが、これほど似通っているのは偶然ではない。小泉=竹中路線の集約点は言うまでもなく、郵政民営化であり、その路線が大学教育に適用されたのが国立大学の法人化である。したがって、現状の大学の「私物化」も相良祐輔という特異なキャラクターと学長選考規程の制度的欠陥がもたらしたものであると同時に大学法人化によって構造的にもたらされたものでもある。

郵政事業ほどには国民の注目を集めてはいないが、私たちの戦いも「国立大学」という国民の共有財産の「私物化」を許すのかどうか、というすべての国民にとって極めて重要な意味を持っているのである。

2009年1月22日 (木)

次の計画」云々以前にすべきことがあるのではありませんか

「次の計画」云々以前にすべきことがあるのではありませんか

わが愛すべき執行部の皆さんは、「更地からの改革」、「五本の矢」を目指して、次期中期目標・中期計画の策定にいそしんでおられるようです(よほど上手に機密保持をしておられると見えて、計画の中身については全く伝わってきませんが)。1月5日の学長挨拶もいささか危機意識が空回りして、だいぶ勇み足の発言があったようです。危機意識の背景にあるのはどうやら、1月中旬に通知されたと思われる、大学評価・学位授与機構による評価のようです。この評価についてはいずれあきらかになるでしょう。現在は公表されていませんので、これだけを確認しておきます。

 評価結果を踏まえて次期の計画を立てるのは当然ですが、そのまえに、評価結果に関する責任の所在を明確にする必要があるはずです。成果が出れば俺の手柄、悪い結果がでればそれは教職員の責任というような言い逃れはもはや通用しません。評価結果については現執行部が全面的に責任を負うべきものであり、結果が悪ければ、責任を取ってやめるのは当然です。

 責任もとらず、「次の計画」を云々してもなんの説得力もありません(もともとありませんが)。彼ら、無能な理事・学長の退陣を前提としてはじめて、次の計画について議論する条件ができるのではないでしょうか。

 医学部も含めた全学の声なき声がそう叫んでいるといっても過言ではないでしょう。

2009年1月11日 (日)

文部科学省 国立大学法人支援課の皆様へ

文部科学省 国立大学法人支援課の皆様へ

1月5日 高知大学の教職員には「2009年の年頭に当たって」と題する、学長 相良 祐輔氏のメッセージがメールで送られてきました。そこで言及された文部科学省からの「助言」なるものの内容にいささか理解を絶する点がありますので、ぜひともなんらかの形で(公的な場で)ご説明をいただきたいと思います。

正確を期するために、該当個所をそのまま引用します。

「 昨年末には、文科省からの厳しい助言を本学もいただいており
ます。それは、以下の要点でありました。
 1)学部改革を明確な形で、進めていただきたい。
 2)公立大学等に、同じ目的の学部学科があるときは、移管を
   も含めた統合も考えてみていただきたい。
 3)場合によっては、既存の学部を忘れて、更地に全く新しい
   地域の大学を作る発想で学部改革を考えられないか。
 4)三学部でも、立派に国立総合大学として、現在も存在して
   いる大学のあることを理解して改革を考えていただきたい。
 5)遅くとも2017年には、道州制は実施される。」

この後文章が続きますがそれは省略いたします。

さて、冒頭に言う「昨年末の厳しい助言」とは、具体的には2008年11月21日午後高知大学関係者(理事2名他一名)と文部科学省国立大学法人支援課長の某氏との会談における同支援課長の発言を指します。したがって、そのあとの「要点」とは同課長がそのように言ったということです。

1)、3)、4)についてもお伺いしたいことはあるのですが、それは別の機会にいたします。

ここで問題とするのは2)、5)の二つです。

2)については、この話が学内に伝わるや、大学内は歓呼の声が渦巻いております。なぜなら、「国立大学法人法」の制約下を離れることで、大学らしい学長選考の仕組みを作る可能性が与えられるからです。わたしたちは、この勇気ある発言を断固擁護したいと思います。しかし、一方で、この発言が「国立大学法人法」及び「独立行政法人通則法」に照らしてどのような根拠があるのか極めてあいまいであるとの声もあります。ぜひとも文部科学省としてこの問題に関する権限について明確にしていただきたいと思います。

5)についてですが、課長殿が与党の熱烈な支持者であり、その道州制を熱烈に支持しておられるであろうことは拝察いたしますが、政権交代の可能性もあるなかでどのような根拠と権限で「実施される」(引用からもわかるように「だろう」とか「予想される」ではありません)と断言されたのか、ぜひとも明らかにしていただきたいと思います。

はじめにも書きましたように、これは、国立大学協会の要職にある人物が文書(メール)で公表した内容ですので極めて重大な事柄であると考えております。

                             以上

2008年12月14日 (日)

文部科学省からも見捨てられた・輔クン

大学評価・学位授与機構から、酷評された高知大 執行部は今度はいよいよ最後の頼みの綱だった文部科学からも見捨てられたことがはっきりした。11月末の文科省との次期中期計画のうちあわせで引導を渡されたことは、箝口令がしかれているようだが、すでに学内では声高に語られている。そして、さらに追い打ちをかけたのが、局長の転出である。背後に何があるのか我々には知る由もないが、4月に着任した理事が出ていくのはよほどのことである。これで執行部にまともな能力のある人間が一人もなくなったわけだ。そのこと自体は無能なイエスマンに囲まれるのが好きな我が・輔くんにとっては何でもないことかもしれない。

しかし、これは文部科学省からの「学長をヤメロ」というメッセージなのである。・輔くんはそれに気づかないのか、気づかないふりをしているのか、「文部科学省が怒っているのは裁判を起こす奴がいるからだ」などと泣き言を言っている。

文科省の皆さん、いつもご覧いただきありがとうございます。あの人は遠回しに言ってもだめです(そもそも理解力がないのですから)。ぐずぐずしていると政権交代後、任命の不透明な経緯を新たな「与党」につつかれることになりますよ。

はっきり「お前が学長やってると、俺達がこまる」と元次官か誰かが電話でもしたらいかがですか?さもないと省にとって命取りになりますよ。

2008年11月16日 (日)

隠れ反学長派?

隠れ反学長派について

さて、我々とは別の「反学長派」を発見した。

この人たちは、一見学長派に見えるが実はスキを伺って学長を倒そうとしていることが最近(大学評価・学位授与機構の訪問調査の際)判明した。大いにエールを送ろう。

一人目

某学部長S氏

訪問調査で機構側がエルダープロフェッサー制度の問題点について質問した際、指名されてもいないのに突然発言をもとめ、「結果として若手教員の採用の機会が減少している面もある」と発言したと伝えられる。

うーん。要するにこれは、単に非常勤手当をけちりたいために作られただけの同制度について、機構側が「過大評価?」した結果発された質問のようだが、執行部の説明の足を引っ張るように(ために?)出てきたのが上記の発言というわけだ。

S氏と言えば、ある意味では現執行部誕生の最大の「功労者」である。その後も執行部に「腹心」2名を送り込むなど、執行部派と見られていたわけだが、決定的な瞬間に執行部に一太刀浴びせた手際は見事であった。

二人目

副学長I

同じく訪問調査の際、「大学院一元化は極めて大胆な試みであると思うが、運営は難しくはないのか」との機構の問いに対して、なんと・・・・

「実態はいままでと変化ありませんから、まったく難しいことはありません」と来たもんだ・・・

これには、機構側は呆然、大学側は大狼狽である。

いやー、I氏については今までも、その周囲の状況を考えない言動に「あの人はひょっとして我々のオトモダチなのでは」との声もあったが、ここまで私たちと認識が一致しているとは、驚きの一言。

私たちの間ではI氏の人気は日ましに高まっている。

さて、この二人に共通しているのは「次狙い」という点である。

S氏は前回の学長選考で、「次狙い」で候補を降りた経緯がある。腹心二人ともどもやる気満々である。

I氏については、本人がどう考えているのかは相変わらず謎である。しかし、出身学部の動きは最近活発である(詳しくは書けないが)。

ここに来て、この二人の動きから目が離せなくなった。

大いに注目することにしよう。

2008年1月 1日 (火)

初笑い高知大学

初笑い高知大学
皆さん、明けましておめでとう
特に群馬大学の皆さんお目でとうございます
さて、「道州制への対応が重要だ」などと学長の口真似をして騒ぎまわっているアホがいるようですので、道州制に関するアホ話を一つ。
「道州制」は相良・輔氏の得意の出し物の一つです。なんとかの一つ覚えのように、「道州制への対応が重要だ」と繰り返していることはご存知のとおりです。しかし、彼が主張する「対応」なるものはなんら一貫した戦略に基づくものではありません。2006年の4月には次のように言っていました。「道州制で、国立大学法人は3つに分かれる。①国立大学 ② 州立大学 ③ 統廃合される大学。高知大学は ①の国立大学として生き残りを目指す」これを聞いて、「あの人 正気か」とつぶやいたのは、私だけではないはず。正気かどうかはともかく、本気だったのは確かで、大学院改組案のお披露目のシンポジウムで大崎教育長らを前にして、「国立大学としての生き残りを目指す」と高らかに宣言したのは「学長のお覚えめでたい」川口理事でした。
 ところが、同じ年の5月10日 学長・部局長懇談会で、学長はなんと「州立大学」としての生き残りを目指すのが既定方針である」と発言したのです。
 何これ?
 要するに「大学の生き残り戦略」なんて、端からないのです。あるのは「自分が生き残る」ために「狼少年」ならぬ「狼老人」よろしく、「道州制だ、統合だ、総務省の評価だ」とわめきたてることだけです。
 大学が大きな転回点に立っているのは事実でしょう。そこで強いリーダーシップが必要とされているのも確かです。だからこそ無能で定見のない威張り屋に大学の舵取りをまかせてはならないのです。
 相良氏の取り巻きの皆さんも、彼がどの程度の人間かはよく知っているはずでしょう。あの人がすばらしい人だと信じているふりはもうやめましょう。沈みつつある泥舟(相良丸)と運命を共にするのではなく、自分自身が生き残ることをまず考えるべきでしょう。

2007年12月31日 (月)

高知大学=オンリーワンの大学

いよいよ提訴。

学長選考に瑕疵があるということで裁判になったのは高知大学が初めてだそうな。さらに刑事告発も前例がないとのこと。これで高知大学は名実ともに「オンリーワンの大学」になりました。学長もさぞお喜びでしょう。今までも、入試過誤隠蔽問題で処分されるべき副学長=理事が重用されたり、教育研究評議会で学長が平気で嘘をついたり、前例のないことの起こる大学でしたが、全国津々浦々に知れ渡ったのは今回が初めてです。確かにこれは恥ずかしいことですが、もっとはずかしいのは、現状を見て見ぬふりをすること。ここは思い切って膿を出してしまうのが最善の方法でしょう。

来年は「相良元学長」のご退官をお祝いできるよう祈りましょう。

2007年11月11日 (日)

ポチスケ白書

ポチスケ白書
・11月5日開かれた学長選考会議に対して緊急の示威行動が行われた。急遽結集した約30名の教員・職員・学生が「公正な学長選考を求めて」のプラカードをかかげ、委員特に外部委員にたいしてアピールを行った。この時の学外委員の愚かな行動については別のホームページに詳しいから、そちらを見ていただこう。また、その日の議論の結果、「議決」(過半数は満たしていたのかな・・・)については高知大のホームぺージに出ている。この愚劣な説明文書については次回以降に書くことにして、ここでは、11月5日の行動の際数人の参加者がもっていた奇妙なプラカードについて触れておこう。
 何人かの参加者が犬の絵の描かれたプラカードを持っていた。絵にはお金の絵とcashという文字が添えられていた。持っていた学生によるとこの犬はポチ又はポチスケと呼ばれているらしい。このポチ(スケ)はcのつく言葉特にcashが大好きとのこと。
 いったいなぜ、この犬のプラカードが登場し、それにはどのような意味があるのか。それは筆者にはよく理解できないことである。

2007年11月 4日 (日)

高知大 学長選 クロニクル

クロニクル 高知大学長選考

すでに報道されていることですが、高知大学長選考をめぐる奇怪な出来事について報告します。

 10月5日(金):学内意向投票の結果

即日開票の結果は現職の相良祐輔378票

対立候補の高橋正征黒潮圏海洋科学研究科長419票

無効9票

同日6時過ぎ:「学長選考会議」に提出する報告書が作成され意向投票管理委員会が解

散後、二名の秘書課職員が投票用紙の保管されていた金庫を開け、「間違い

を発見」

管理委員会が再招集「数え直し」の結果

相良398票、高橋399票

  同日11時過ぎ

      意向投票管理委員会は、正規の結果報告書とともにその後の経緯を報告した

文書を「学長選考会議」に提出することを決定。

 

10月17日(水):「学長選考会議」開催

相良祐輔現学長が次期学長候補に決定したと発表

しかし、相良氏5票、高橋氏4票で相良氏に決定した(議長は投票せず)との

報告に対し、「高知大学学長選考会議規則」の「会議は出席した委員の過半数を

もって議決し」(第5条2)という条項に抵触するとの指摘

10月18日(木):教職員組合抗議声明

10月22日(月):人文学部、教育学部、黒潮圏海洋科学研究科の3つの教授会が、学長

選考会議の決定に抗議の決議。

10月24日(水):「公正な大学運営を求める会」(学生有志)署名活動開始

          人文社会科学研究科大学院生有志決議

          理学部教授会決議

10月26日(金):センター等連合教授会決議

10月29日(月):人文学部及び黒潮圏海洋科学研究科のそれぞれから出されていた公開

質問状への回答期限。選考会議議長及び事務局長からは回答なし。

10月31日(水):「教職員組合」、「出直し選挙を実現する会」、公正な大学運営を求める

会」三者の共催による全学集会が昼休みに開催(参加者200名)

to be continued

2007年9月29日 (土)

高知大学長任期の奇々怪々

高知大学における学長任期をめぐる奇怪な出来事

10月5日の「意向投票」を目前にして、国立大学法人高知大学の学長選考会議が学長選考規則を公表した。ところが、この規則における学長任期に関する規定は極めて奇怪な内容を含んでいる。すなわち、規定は任期4年、再選された場合は+2年合計6年とされているが、相良現学長については、法人発足以来過去4年間の任期をカウントしない、つまり、もし現学長が再選された場合、あと6年、

合計10年にわたって学長職をつとめられるということである。このなんとも異常な事事態はどこから来たのか?

結局の所、これは法人発足後立ち上げられた学長選考会議(議長は当時の医学部長)が実質的には一度も開催されず、学長選考に関する規則の制定が行われないまま放置されてきたことによる。

結果的に「不遡及の原則」にしたがって、現学長のこれまでの在任期間4年には今回の規則は適用されない(適用できない)ということになったと言うわけである。たしかにこれまでの4年間は実質的に0(あるいはマイナス)だったが、そうはいってもさらに6年やられるのはたまったものではないというのが教職員の一致した意見だろう。

選考規則を作らなかった(作らせなかった)のが意識的な学長のサボタージュなのか、それとも単なる無能の結果なのかは判然としない。しかし、それが故意であるにせよ、不作為の結果であるにせよ事態が法人の長たる学長の責任であることは誰の目にも明らかだろう。

このような無法行為対して文部科学省はなぜなんの対応もしないのだろう。これは明らかに学長の6年任期を規定した国立大学法人法の趣旨に抵触するはずである。また、現学長のような曰く付きの人物を会長補佐(ご本人は副会長内定と周囲に吹聴しているらしいが)に任命した国大協の見識も疑わざるを得ない

さらに、マスコミ(君のところのことだよ!)は、明らかに学長選目当ての写真入りの無内容な提灯記事を書いている暇があったら、このような問題をきちんと取り上げるべきではないのか。

学長選考意向投票まであと6日である。

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