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2009年5月16日 (土)

敢えて小沢一郎擁護論(1)

敢えて小沢一郎擁護論(1)

民主党代表の小沢一郎氏が辞任した。権力の座にある者(野党第一党党首もある種の権力者である)を擁護するのは私の美意識に反するので、擁護論はひかえてきたが、マスメディアによる「小沢亜流批判」なる泥人形攻撃がつづいているので、あえてここで擁護論を展開したい。

 本ブログの本来の趣旨と異なるようだが、そうではないことは最後まで読んでいただければあきらかになるはずである。

 これまでマスメディアによって流布された「小沢はやめるべし」との主張の論拠(論拠とも言えないものだが)は二つある。一つは公設秘書の逮捕に関わる引責 二つ目は政治資金等を巡る「説明責任」である。

 一つ目の問題についてはいわゆる「国策捜査」であるかどうかの判断はひとまず措くとして(この問題については後述する)、少なくとも逮捕された公設秘書は容疑事実を否認しているのであり、裁判で決着が付くまではこれが犯罪行為であるかどうかの結論はでていないのである。とすれば、この場合に責任をとって同氏が辞任するかどうかは、法律上ないしは倫理上の問題ではなく美意識の問題と言うことになる。たしかに潔くやめるという行動には、伝統的な日本人の美意識に訴える所はあるが、獄中にある部下(公設秘書)が「完全黙秘・非転向」で闘っているときに、親分が無条件降伏することが一軍の将たる者の取るべき態度とは思えない。

 二つ目の問題については、そもそも何に対する説明責任なのかが、頭の悪い私には新聞等を何度読んでも理解できない。そもそも今回「明らかになった」のは、唯一中堅ゼネコンの一社から年にして数百万の政治資金が流れていたことだけである。これ以上のことは何も明らかになっていない。「説明責任」なるものが問われているのは、「明らかになったこと」ではなく、「談合を仕切っていたのではないか」、「裏金が流れたのではないか」という漠然たる「空気」に対してであるとしか言いようがない。そして、この「空気」はまさに他ならぬマスコミが作り出したものである。そして、このマスコミ(地上波テレビ、新聞)の「報道」たるや、『東京スポーツ』も真っ青なデマ・憶測・検察リーク垂れ流しのオンパレードである。つまり、マスコミは自分たちがデマを垂れ流し、それが「世論調査」に反映すると、今度は「世論はこうである」と主張するという仕組みである。これを「マッチポンプ」と言わずしてなんというべきだろう。

 

 小沢一郎氏の進退についてはすでに本人が結論を出したことであり、その件については本来はもはや言う必要もないことである。だが、今日の民主党代表選挙の結果にもよるが、恐らくマスコミによる「小沢亜流批判」はこれからも継続する気配が濃厚である。したがって、まだ上に述べたような主張をきちんと行っていくことは無意味なことではない。

 これらの問題がこのブログの本来の目的である、学長選考問題とどうつながるのかは次回に譲る。

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